ハーネスについて。


[ラブラドール・レトリバーの起源]

[その1 犬種:ニューファンドランド]

人を支える重要な役割を担う盲導犬や介助犬、また警察犬や災害救助犬として世界各国で多くの人に認知され、家庭犬としても広く親しまれているラブラドール・レトリバー。
この犬種のルーツはその名前の通り、カナダのセントローレンス湾 東北部に位置する、ラブラドール地方とニューファンドランド島からなる地帯にあります。 ラブラドール・レトリバーが公式犬種としてイギリスのKC※1に認められたのは1903年、今からおよそ110年前。しかし、現在のラブラドール・レトリバーが種として確立されるまでには、さらにそこから90年以上時を遡ることとなります。

ニューファンドランド(地名)のセント・ジョンズ・ドッグ(セント・ジョーンズ・ニューファンドランド)または、レッサー・ニュー・ファンドランド※2と呼ばれる犬種数頭が、英国に渡ってクロスによる改良がなされて、現在のラブラドール・レトリバーの原型が誕生しました。
この中で、ラブラドール・レトリバーのご先祖であるセント・ジョンズ・レトリバーと同じく、縁(ゆかり)の深い「ニューファンドランド」という犬種についてご紹介します。ニューファンドランドは、ラブラドール同様に利口で穏やかな性質に加え、大変忠誠心が強く、人といることを好み、労働意欲に富んだ超大型の犬種です。足には水かき用の膜があり、泳ぐことを得意とする特性から、水難救助犬、作業犬として重用され、現在も北欧諸国を中心に数多く、家庭犬としても飼われています。

ニューファンドランドという犬にまつわる興味深い逸話は数多く存在します。
イギリス・ロマン主義を代表する詩人バイロン、そして楽劇王と讃えられる作曲家のリヒャルト・ワーグナーもこの犬を愛し、「ピーターパン」の原作者で知られる作家 ジェームス・マシュー・バリーも作中にこの犬※3を登場させています。
 またナポレオン・ボナパルトが、エルバ島脱出の折、荒悔の中船外に投げ出された際は、漁師の飼っていたニューファンドランド犬に救助されたというのは、有名な話として語り継がれています。

歴史上の人物との係わりだけでなく、20世紀初頭には、吹雪の中、海に投げ出された救命具用ロープを岸で待機している人々にもたらし、難破船に取り残された92人の命を救ったのも、このニューファンドランド犬の働きのお陰です。 現在、皆が知るラブラドール、またレトリバーの祖に縁の深い犬が、遥か昔からいかに人に愛され、深い係わりを築いてきた歴史ある犬種であるかを垣間見ることが出来ます。
ニューファンドランドの目元やマズルにかけての輪郭や垂れ耳、脚には水かき用膜がある遺伝的な共通点などからも、現在のラブラドールに通じる雰囲気をうかがわせ、その面影・特徴が受け継がれているのが、よく判ると思います。

※1
The Kennel Club:略称KCはイギリスのケネルクラブを指す。 アメリカのケネルクラブはAKC。
1873年に全純粋犬種の犬籍管理を統括する目的で設立。世界最古の愛犬家団体。

※2
レッサー・ニューファンドランド(意味は、小さなニューファンドランド)は、同じ原産地の大型犬、ニューファンドランド(またの名をグレーター・ニューファンドランド)と区別するために呼称される。ラブラドールの祖、セント・ジョーンズ・ドッグは、セント・ジョーンズ・ニュー・ファンドランド(ニューファンドランドのセント・ジョーンズ・ドッグ)、あるいはセント・ジョーンズ・ウォーター・ドッグとも呼ばれることがある。

※3
「ピーターパン」の原作に乳母犬ナナは、ニューファンドランドがモデル。ディズニーアニメーションでは、セントバーナードになっている。

[その2:素質の継承 〜F1 (ラブラドール/ゴールデンレトリバー) レトリバーへ]

現在、日本国内で盲導犬として使用されている犬のほぼ90%以上はラブラドール・レトリバーです。
欧米の盲導犬の場合、ラブラドール70% ゴールデンレトリバー15% シェパード15%と、依然高い比率でこのラブラドール・レトリバーが重用されていることが判ります。 また、現在欧米そして我が国でも、ラブラドールとゴールデン・レトリバーから生まれた「F1」※4というレトリバー「ラブラドール・クロス・ゴールデン・レトリバー」の導入が、序々にではありますが定着してきています。

「F1」とは第一世代のみのクロスで誕生した個体で、雄のラブラドール・レトリーバーに対し、雌のゴールデン・レトリバーという組み合わせで、性質面および健康面でメリットがあり、世界的に取り組みがなされています。

前述の通り、ラブラドール・レトリバーは、もともと最初からラブラドールとして存在した犬種ではありません。
ラブラドール州・ニューファンドランドにいたセント・ジョーンズ・ドッグらが、交易のあった英国に渡り、人の介入によりアウトクロス※5し、長い月日をかけ誕生した種です。

19世紀初頭、当時英国では貴族の間で狩猟が大流行していました。ニューファンドランド、セント・ジョーンズ・ドッグの秀でた知力、特にソフトマウス※6で、レトリーブ(回収する)繊細な能力や、水中での敏捷性は、「最高のシューティングドッグ」と言わしめるほど、目を見張るもので、感銘を受けた貴族たちは当時すでに希少であったこの犬種(短毛・中型のニューファンドランド)を早速英国に輸入し、繁殖に着手していきました。

何故、短毛で中型を選択したかは、狩猟のサポートを行うには、あまり大きな体躯でなく、また水中で多く活動する犬の動作を考慮し、長い毛でないほうが良いという合理的な理由がありました。こうして血統を維持しつつ、資質を重視しながら、慎重な交配・繁殖が行われました。
 この取り組みは、1800年初期から後期まで続き、1870年頃、ラブラドール・レトリバーの名は、英国では一般的となっていました。 その後20世紀初頭1903年、英国のKCに認められ、欧州の品種として、世界中に普及していくこととなります。

ラブラドール・レトリバーの祖といわれるセント・ジョーンズ・ドッグはすでに絶滅※7してしまいましたが、ラブラドールの血統を維持するためケンネルを創設し、犬の「素質の継承」に情熱を注いだマームズブリー伯※8やバックルー公爵※9、またゴールデン・レトリバー誕生に貢献したトウィードマウス卿※10らをはじめとし、先人たちの先見性と、およそ100年に及ぶ地道な取り組みがあればこそ、21世紀に生きる私たちは、聡明な友人ラブラドール・レトリバー、そしてゴールデン・レトリバーに出会うことができました。


※4
「F1」またの名をF1レトリバーとも呼称される。雄ラブラドール、雌ゴールデンによるクロスで誕生した個体。
いずれも第一世代のみのクロスで、血統はすべて厳密に管理されており、通常雑種とは性質が異なる。
欧米では、第一クロスラブラドール/スタンダードプードル、第一クロスボーダーコリー/ゴールデンレトリバーなどもいる。

※5
異系交配の意。

※6
ソフトマウスは、獲物に歯形がつかない様にそっと(卵などを割らずに)咥えることをいう。
(注意:専門のトレーナー・熟練者、有識者による高度な訓練を要するものです。ご家庭では絶対に真似をしないで下さい。)

※7
1830年代には、すでにセント・ジョーンズ・ウォータードッグは希少な種であった。1880年に絶滅。
1970年代後半にオリジナルの雄2頭が発見されたが、どちらも12歳を超える高齢であった。

※8
ジェームス・ハリス 初代マームズブリー伯爵(1746年4月21日-1820年11月21日)
英国の貴族、外交官。18世紀最大の英国の外交官とも評される。
ジェームズ・エドワード・ハリス マームズブリーの第2代伯爵。(1778年8月19日-1841年9月10日)

※9
ウォルター・モンタギュー・ダグラス・スコット 第5代バックルー公爵(1806年-1884年)
英国の貴族、政治家。王璽尚書や枢密院議長を歴任。ガーター勲章勲爵士。
(王璽尚書:イギリス政府の伝統的官職。国王の御璽の管理及び、それに関連する行政事務を司る職。)

※10
ダドリー・クーツ・マージバンクス、トウィードマウス男爵(1820年12月29日-1894年3月4日)
ゴールデン・レトリバー誕生に尽力した人物として知られる。

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